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効率化出来るものと出来ないものに対する考察

最近、というかここ半年くらい効率化って何なんだろう?ということに対して疑問を持ち続けてきました。

世間では効率的にモノごとをこなすことが、一種のブームになっていて、多くの著名人が仕事や日々の生活を効率的にこなすための工夫やツールを紹介しています。

一方その中で、それは効率的ではないだろう、というものの中に新しい価値が存在しているように思われます。もっとも良い例が、「奇跡のリンゴ」でおなじみの秋山さん。無農薬でリンゴを栽培することに挑み続けて9年間、遂に辿り着いた生物の本質。

これは明らかに非効率的です。だって農薬を使わなければ、りんごは出来ないので。けれども敢えて非効率的なことにチャレンジして、その中に本質を見いだしたことに対して敬意を覚えると同時に、もうめちゃくちゃカッコいいです。

奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録
(2008/07)
石川 拓治NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」制作班

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一体効率化、って何なんだろうか?それに対する自分なりの解がまだ中途半端ですが出来つつあるのでまとめてみます。


効率化出来るのは人間が作ったシステムだけ

社会は当然人間が作り出したものであって、人間以外の生物は人間が作り上げた社会に対して積極的には共存しない。そもそも効率化っていう概念自体が、人間が作り出したものである。実際に多くの生物たちは効率化を望んでいない。

つまり、効率化が適用出来るのはあくまで人間社会において、人間が作ったシステムに対してのみではないかと思う。

僕は日々の生活を豊かにするライフハックは大好きで、いろいろと実践しているけど、この根本の前提だけは常に忘れないようにしたい。

それが自然科学に取り組むものとしての心構えなような気がする。

(もっと言えば地球に生きる人類の心構えなような気もするが。
効率化効率化ばかりを唱えている人間が、この部分を自覚しているのかどうか、ちょっと興味がある。)


人間の感情、及び自然に対しては決して効率化してはならない

恋愛を効率的にやりたい、なんていう人間はまずいないと思います。笑

好きとか嫌いっていう気持ちは、根本まで突き詰めていくとそこには絶対論理なんて存在しない。

そしてそれは自然に対しても同様で、人間が自己中心的に自然を支配しようとしたために起こった予期せぬ事態は多く存在する。

環境問題なんかも当然その1つであるが、ここでは別の例を2点ほど。

まずは狂牛病の問題

これは、多くの牛を効率よく育てようということで、家畜の食用にならない「無駄な」部分(脳など)を砕いて乾燥させてエサとして牛に食べさせてしまったことが原因。

草食の牛を、人間が効率だけを考えて肉食にしてしまったことで、思わぬ問題が発生した典型的な例であり、イギリスを中心に人間にも感染し、多数の死者が報告されている。

奇しくもこの研究は生物界に多くの新しい疑問を提供し、それを解決したプルシナー博士はノーベル賞を受賞している。(この辺りは以下の本に詳しく書かれているので興味がある人はどうぞ)

プリオン説はほんとうか?―タンパク質病原体説をめぐるミステリー (ブルーバックス)プリオン説はほんとうか?―タンパク質病原体説をめぐるミステリー (ブルーバックス)
(2005/11)
福岡 伸一

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もう1つの事例はハチの大量死の話。

突如として巣箱の中のハチが大量に消え、かつ死体が近辺にないという不可思議な現象が近年数多く報告された。CCD(蜂群崩壊症候群)と名付けられたこの不思議な現象は、未だその原因が解明されていない。




ハチはなぜ大量死したのかハチはなぜ大量死したのか
(2009/01/27)
ローワン・ジェイコブセン

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詳しくは上記の本を読んでいただきたいが、これも人間が効率的にハチから蜂蜜を採取しようと、自然を支配しようとした結果として、様々な要因によって引き起こされたものである。


冒頭で紹介した奇跡のりんごの秋山さんの事例もそうだが、自然は何が本質かは分からない。だから自然を人間が支配しようとしたら、どこかで歪みが生じてしまう。


本質は効率化出来ないことに存在する

これらから、人間の活動の本質や重要な部分は効率化出来ない部分にこそ存在するのではないか?というのが僕なりの答え。

そもそも人間も生物の一種であり、自然界に存在するのだから。

それに効率化出来ない、誰も予測出来ないからこそ、人間社会のシステムがうまくいかないことが至るところで起こっている。

これは人間個人の活動も同様で、芸術にはそういう部分が多数存在する。
これは僕も書道をやっているから分かるが、効率よく作品を書く方法なんかどこにも存在しないのである。

実験系の研究も同様で、歴史的な発見は、予期出来ない偶然から生まれていることがほとんどである。

つまり、「効率化出来ないことをやる時間を取るために、効率化して良い部分を効率化する」というスタンスを持つべきである、というのが現段階での自分なりの結論。
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| ニュース/コラム/思考 | 17:39 | comments:1| trackbacks:0| TOP↑ | はてなブックマーク - 効率化出来るものと出来ないものに対する考察

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| | 2009/10/14 11:18 | |















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