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単なる価値観の押しつけと、真に必要なアドバイスの紙一重の差

この時期になると僕が書いているもう1つのブログである大学受験HACKSの読者から色々なメッセージなりコメントを頂く。

喜ばしいコメントもあれば、残念ながら・・・というコメントもある。

たとえウェブ上だとしても、僕が与えた影響で他人の人生が決まるというのは喜ばしいことでもあり、恐ろしいことでもある。

アドバイスというのは奥が深い。ちょっと考えたことをまとめてみます。


途上国の人は幸せなのかどうか?

僕がなぜこのエントリを書く気になったかと言うと、それは先日の飲み会でこんな議論をしたからだ。

途上国の人々はとても幸せそうに暮らしている。たとえ多産多死でも、それを自然の摂理として受け入れている。その仕組みを変えようとするのは、単なる先進国のエゴではないのか?



これは一見正論に見えるし、実際にエゴで行われている慈善事業もあると聞く。

しかしこのロジックの落とし穴は、途上国の人が単に気がついてないだけという可能性があることだ。別に今の環境で幸せだから変える必要がないと思っていても、少なくとも死んでいく子供は幸せではないだろう。もしかしたらもっと幸せな環境が存在することに気がついていない。

ただ、気づくことが幸せとも限らない。以前"Paradox of choice"という罠に陥っているリクルートという記事でも述べたが、知らないから幸せという側面も持っている。

ここで大事なのは、相手の立場に立ちながら、あるべき姿に導けるリーダーなんじゃないかと僕は思う。


究極の選択

ここから述べることはある種の極論である。

愛する人が本心から死にたいと言った時、あなたはどうするだろうか?

ほとんど全ての人が、どうにか生きるように説得するだろう。

しかし、これは究極的には価値観の押しつけなのかもしれない。

以前、もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだらという本を読んだ。(書評はこちら

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだらもし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
(2009/12/04)
岩崎 夏海

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この著者の方のこちらの記事を読んで頂きたい。

『王様のブランチ』では話さなかった岩崎夏海が『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』を書いたもう一つの理由

親は、医師から娘の余命を宣告されても、信じようとはしなかった。そうして、ただ回復だけを願い、看病を続けた。
その結果、娘もそれによく応え、告げられた余命よりはだいぶ長く生きた。しかし、結局は亡くなってしまった。

闘病中、娘は時折「もう治らないのではないか」と弱音を吐くこともあった。しかし母親は、ただ「頑張って」と励ますばかりで、それを絶対に受けつけなかった。

「しかしそれは、かえって彼女を苦しめていたのではないか?」娘の死後になって、母親はそう思い至る。「それはただ、愛する人に死んでほしくないという、自分のエゴに過ぎなかったのではないか?」そんな、自責の念に苛まれるのだ。



まさに究極の選択である。


紙一重の狭間にあるもの


以上を踏まえて、人に何かものを言う時にどうすればいいのか。アドバイスをする時にどんなアドバイスをすればいいのか。

僕は誤解を恐れずに言うと、価値観の押しつけで構わないんじゃないかと思う。主観のない意見なんて何も価値がないし、そもそも客観というものは存在しえない。

それが有益なアドバイスとなるか、単なる価値観の押しつけとして拒否されてしまうか、紙一重の狭間とは、自分の考えの先にあるビジョンを相手に気がつかせることが出来るかどうか、ではないか。

相手にそれを気づかせるためには、相手の立場に立たなければいけない。ロジックもしっかり詰めなければならない。そして自らの手でそこに向かって一歩を踏み出したいと本気で思えるようなものでなければならない。相手のことを本気で思っていないと出来ないことである。

愛する人が死にたいと言ったとき、まずするべきことは相手がなぜそう思うに至ったかを理解し、愛する人に生きることへの希望を描き、生きる意味を気がつかせ、一歩を踏み出させなければならない。


ロジックの先には強い思い込みが必要

しかしながら、娘が余命先刻をされた母親のような状況ではそんな悠長なことは言っていられない。

自分がこうだと思ったら、即行動に移さないと相手は死んでしまうのだ。悩んでいる時間なんてない。

そういう意味で、たとえエゴだとしても、生きること=善として最後まで貫き通した母親の選択はある意味では正しいのではないかとも思う。

結局は自分の主観で強く主張し、思い込みの強さも大事なんだ。下記の本を読んで強く思ったのが、人々の描くロジックを超越するものが自然には存在することだ。それはきっと思い込みとか信念の強さから出てくるもの。

実社会で、こんな例もあったりする。

その発言は前提もめちゃくちゃで、論理的にも飛躍がありすぎて、とても現実的なものではありませんでした。
友人曰く、「今、日本は冬です。だから~」というプレゼンに対して、「でも日本にもハワイがあるかもしれないじゃん」と発言したとのことです。
不思議なことに、「ハワイがあるかもしれない」と言われてしまうと、確かにあるかもしれないと思わざるをえません。
その場では先輩コンサルタントを含め、誰も「日本にはハワイがない」ことを断言できませんでした。
結局、社長を言い負かすことはできず、出直しをすることになったようです。
   ー思い込みの強さ 1つ上の就職活動・インターン 戦略コンサルの視点


     

そして自然には人間の論理を飛躍した事象も当然ながら存在する。


奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録
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石川 拓治NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」制作班

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まとめ

結局僕がこのエントリで言いたかったことは2つ。

1つ目は、自分のアドバイスがただのエゴで価値観の押しつけではないかと自問自答し、相手の立場に立ったビジョンを描いてそれを相手に気がつかせること。

2つ目は、そこには主観や思い込みが入るのはある程度は仕方がないことであって、自分がこうだと思ったら、その後それを貫き通す信念が大事だということ。


この2つは一見相反することだけど、共に大事なことである。
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