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酒とバスケをこよなく愛する戦略コンサルタント

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人生における選択は、いくら考えたって結局は変わらない

今日、道を歩きながら、

「そういえば今までの人生における選択って、後から振り返ってみると驚くくらい同じ判断軸でしてるな」

ってふと思いました。



ちょっと振り返ってみると、割と大事な選択をしたのは、
・中学選び
・高3に上がって部活を辞めるかどうか
・大学に入って体育会の部活に入るかどうか
・大学3年からの学科選び
・就職先

それで、全部の選択に共通して言えるのが、
「しんどい方を選んだ」
ってことです。

Mなのかもしれませんね。

中学は回りから厳しいって評判の某中学を選んだし、高3では受験あるけど部活を続けたし(これは単にバスケが好きだったから?)、大学でもサークルに入ろうと思ってたけど結局体育会に入っちゃったし、学科も(限られた選択肢の中で)一番実験が大変そうな学科だったし、就職もベンチャーとドクターと迷ったけど、一番しんどいだろう環境に飛び込みました。

後付けかもしれませんが、人ってどんなにそのときは悩んだとしても、結局は同じパターンで、同じような選択をして同じような道を辿るんじゃないでしょうか。

そりゃ、あぁこの選択ミスったなって思っても、それってたぶん心の底から思ってないんですよね。俺もよく冗談で、部活入ってなかったらもっと大学時代遊べたのにな~みたいなこと言うけど、結局は部活やったことは1ミリも後悔していない。

というか、人間は、自分の選んだ道を正当化するようになっていますから。いわゆる、認知的不協和を解消するように出来ているので。(だから大企業に行った人はほぼ間違いなく大企業に行けって言うし。まともな根拠がない限り、信じない方がいいっすよ。逆もしかり。)

つまり、ある選択をして、その選択の結果をある程度納得して、その時にした判断軸を基に(無意識的に)次の選択を行っているのかもしれません。

この論理が成り立つと、人生における選択のパターンは、最初のいくつかの選択で既に出来上がっていて、ある程度物心ついてからは単なる予定調和なのかもしれません。

その出来上がるタイミングがいつなのかは分かりませんが、少なくとも僕は中学からは確実に判断軸は一定でした。



だから、もし、今の人生に満足していなくて、ドラスチックに人生を変えたかったら、自分の直感とは逆の選択を敢えてしてみるべきなんじゃないかな、と。

そうすると、良くも悪くも、今までの延長線上にない、新しいレールの上を走ることになるんじゃないでしょうか。

めちゃくちゃ勇気が入りそうですが。。
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